大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)8016号 判決
甲事件原告
枝廣宗男
右訴訟代理人弁護士
岡田義雄
冠木克彦
乙事件原告
国
右代表者法務大臣
嶋崎均
右指定代理人
井口博
棚橋満雄
石原正美
喜寅正博
甲、乙事件被告
株式会社マツダオート大阪
右代表者代表取締役
佐藤宇一郎
右訴訟代理人弁護士
藤野季雄
甲、乙事件被告補助参考人
三光堂印刷株式会社
右代表者代表取締役
松村茂
右訴訟代理人弁護士
吉利靖雄
主文
一 甲事件被告は、甲事件原告に対し、七六七万一七一六円及び内金六九七万一七一六円に対する昭和五七年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件被告は、乙事件原告に対し、一二八一万九四三〇円及びこれに対する別紙公務災害補償費等支出額一覧表の金額欄記載の各金員に対するそれぞれ同表遅延損害金始期欄記載の各日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 甲事件原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用のうち参加によつて生じた費用は補助参加人の負担とし、その余は甲事件被告、乙事件被告の負担とする。
五 この判決は、第一、第二項について仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(甲事件について)
一 請求の趣旨
1 甲事件被告は、甲事件原告に対し、七七八万五一五六円及び内金六九八万五一五六円に対する昭和五七年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は甲事件被告の負担とする。
3 第1項について仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 甲事件原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は甲事件原告の負担とする。
(乙事件について)
一 請求の趣旨
1 主文第二項同旨
2 訴訟費用は乙事件被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 乙事件原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は乙事件原告の負担とする。
第二 当事者の主張
(甲事件について)
一 請求原因
1 甲事件原告(以下「原告枝廣」という)は、昭和五七年当時、郵政省大阪城東郵便局に勤務していた国家公務員である。
2 甲事件被告(乙事件被告と同じ、以下「被告」という)は、大阪市城東区今福東二丁目一五番地において、「マツダオート大阪今福営業所」(以下「被告営業所」という)を設け、同営業所東側路上(新庄大和川線)の電柱に、高さ二メートル、幅〇・九三メートルの木材枠組ブリキ板製立看板(以下「本件看板」という)を針金で取付けて、所有していた。
3 原告枝廣は、昭和五七年五月二〇日午後〇時三五分ころ、保険金集金等の業務のため、原動機付自転車に乗つて、被告営業所東側道路上を南から北に向かつて車道端から約一メートルの位置を、時速約二五キロメートルで走行中のところ、本件看板が突風によつてはずれて、原告枝廣に激突し、これにより原告枝廣は、右脛骨近位端脱臼骨折、左上腕骨外顆骨折、頭部顔面打撲の重傷を負つた。
4 本件看板は、被告の事業の執行につき設置されたものであるところ、一本の横桟に一本の針金を通して電柱に固定されていたものにすぎず、電柱への固定が不十分なため、横桟が折れ、本件事故が発生したものであつて、被告又は被告従業員の過失は明らかであるから、被告は、民法七〇九条又は同法七一五条による不法行為責任を免れない。
5 原告枝廣の本件受傷による入通院休業期間は次のとおりである。〈以下、省略〉
6 本件事故により原告枝廣の被つた損害は次のとおりである。〈以下、省略〉
7 よつて、原告枝廣は被告に対し、不法行為に基づいて、前記損害金合計七七八万五一五六円及び弁護士費用を除いた六九八万五一五六円に対する不法行為の日の後である昭和五七年五月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は認める。
3 同3のうち、本件看板が飛び、原告枝廣が負傷した事実は認めるが、本件看板が原告枝廣に当たつたことを含めて、その余は不知。
4 同4は否認する。
被告は、本件看板の掲出にあたり、本件看板の裏側の桟の奥に針金を通し、その針金を電柱に固縛した上に、本件看板の下端を電柱より約四〇センチメートル離して立てかけ、看板下端の足を地面に食い込むように設置した。ところが、本件看板の桟には節があり、風圧に耐えかねて節の部分が折れたものであつて、本件看板に通常の堅牢性があれば、はずれることはなかつたのであるから、被告には過失はない。
5 同5は不知。
6 同6は否認又は不知。
7 同7は争う。
(乙事件について)
一 請求原因
1 甲事件請求原因1ないし4に同じ
2 原告枝廣の損害
原告枝廣は、本件事故による前記傷害並びに後遺障害に基づく損害として、少なくとも金一二八一万六一二〇円の損害を被つた。
3 原告国の代位
(1) 原告枝廣は、国家公務員(郵政省大阪城東郵便局第一保険課所属)であるところ、右事故は公務執行中に生じたものであることから、原告国は原告枝廣に対し、国家公務員災害補償法一〇条の規定により、別紙公務災害補償費等支出額一覧表(一)記載のとおり療養補償費金四五六万九一四〇円、同表(二)記載のとおり障害補償一時金一九六万九八一二円を各給付した。その結果、原告国は被告に対し国家公務員災害補償法六条一項により、右給付金額を限度として、原告枝廣が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。
(2) 原告枝廣は、国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法の適用を受ける国家公務員であることから、公共企業体等労働関係法八条の規定により郵政省と全逓信労働組合、全国特定局従業員組合とが締結した労働協約に基づき、原告枝廣の欠務期間中の給与及び賞与として、その金員相当額を別紙公務災害補償費等支出額一覧表(三)記載のとおり金六二七万七一六八円を支給したので、民法四二二条の類推適用により、原告枝廣の被告に対する損害賠償請求権につき当然被害者に代位する。
4 バックミラーの損壊等の損害
原告国は、本件事故による前記原動機付自転車のバックミラーの損壊等により金三三一〇円(明細は、別紙公務災害補償費等支出額一覧表(四)記載のとおり)の損害を被つた。
5 よつて、原告国は被告に対し、右損害賠償金合計一二八一万九四三〇円及びこれに対する別紙公務災害補償費等支出額一覧表の金額欄記載の各金員に対する同表遅延損害金始期欄記載の各日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 甲事件請求原因に対する認否1ないし4に同じ
2 請求原因2は不知
3 同3、4は不知
4 同5は争う
第三 証拠〈省略〉
理由
第一甲事件について
一本件事故の発生
1 原告枝廣が、昭和五七年当時、郵政省大阪城東郵便局に勤務する国家公務員であつたこと、被告は、大阪市城東区今福東二丁目一五番地において被告営業所を設け、その東側路上(新庄大和川線)の電柱に、高さ二メートル、幅〇・九三メートルの木材枠組ブリキ板製の本件看板を針金で取り付けて所有していたこと、本件看板が飛び、そのころ原告枝廣が負傷したことは当事者間に争いがない。
2 右争いのない事実、〈証拠〉によれば、原告枝廣は、昭和五七年五月二〇日午後〇時三五分ころ、午前中の保険金集金の業務を終えて帰局するため、原動機付自転車に乗つて、被告営業所前道路を南から北に向かつて、車道端から約一メートルの位置を時速約二五キロメートルで進行中、折からの突風にあおられて電柱から外れた本件看板に衝突、転倒し、右脛骨近位端脱臼骨折、左上腕骨外顆骨折、頭部顔面打撲の傷害を受けたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
二本件事故の発生原因
〈証拠〉によれば、
1 被告は、昭和五七年四月初めころ、城東警察署長及び城東交通安全協会から春の交通安全運動の周知及び安全運転の実践を訴えるための広報用看板(前面下段に被告営業所名を表示したもの)の買い取り及び掲出の要請を受けて、その趣旨に賛同して同月六日本件看板を購入し、翌七日より被告営業所前電柱に設置し、さらに同月一〇日ころ、これをその一つ隣の電柱に移置したものであること、
2 本件看板は、3.5センチメートル角の木材で枠組みし、その表面にブリキ板を打ちつけ塗装した長方形(高さ二メートル、幅〇・九三メートル)の立看板であり、裏面に二木の木材の横桟が設けられて補強されており、下部は縦の木枠二本が接地して支持するようになつていること
3 被告従業員は、前記の移設に際し、本件看板の下部を電柱から少し離し、上部を電柱に接着させるようにして立てかけ、裏面の補強用横桟二本のうち上部の横桟一本の奥に針金一本を通し、さらに、この針金を電柱に巻いて固定したこと
4 ところが、針金を通した横桟には節があり、折からの北西の強風にあおられて、この節の部分から破損して、本件看板が電柱から飛んだこと
5 本件看板の裏側横桟には二本ともに、各々一か所の固定用金具が設けられていること
以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。
三被告の責任
1 前記二の事実によれば、本件看板は、裏面の木製横桟一本のみに針金を一回通し、電柱に巻いて設置されていたにすぎないのであり、しかもその横桟には節があつたというのであるから、右の桟が折損する可能性が極めて高いことを容易に認めうる。従つて、本件看板を移設した原告従業員には、二本の横桟又は縦の木枠を用いて電柱に固縛すべき業務上の注意義務があるというべく、本件事故は前示認定のとおり、これを怠つて節のある横桟一本のみを利用しただけであつたから、その点で過失があるといわざるをえない。
2 そして、本件看板の設置が、被告の事業の範囲に含まれ、その従業員の職務範囲内であることは明らかであるから、被告は民法七一五条により、使用者として、原告枝廣が本件事故により被つた損害を賠償する義務がある。
四損害
1 休業損害
〈証拠〉によれば、原告枝廣は、本件受傷により直ちに入院し、昭和五八年九月四日までの四七二日間欠勤し、この間全く稼働できなかつたこと、このため、付加給たる保険募集手当、超過勤務手当、機動車手当の支給が全くなくなつたこと、原告枝廣は事故直前の二月から四月までの八九日間に保険募集手当二三万四六一一円、超過勤務手当一万八六一二円、機動車手当六六六四円を持つていたこと、本件事故に遭わなければ、従前と同様の業務に従事していたであろうこと、の各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
そうすると、原告枝廣は、次のとおり、一三七万八二七七円の得べかりし利益を失つたことになる。
2 減収分
〈証拠〉によれば、原告枝廣は、本件事故により後遺した障害により、昭和五八年一〇月一日付で、外務職から内務職に異動し、これにより、保険募集手当と機動車手当を失つたことが認められる。
そうすると、原告枝廣が被つた昭和五八年一〇月一日から昭和五九年七月三〇日までの一〇か月分の減収は次のとおり、八〇万四二五〇円である。
3 付添看護費用
〈証拠〉によれば、原告枝廣は、昭和五七年五月二〇日から同年一〇月二日までの一三五日間、医療法人盛和会本田病院に入院し治療を受けたこと、その間、原告の妻が常時付添に、看護したことが認められる。近親者による入院付添費用としては、一日三五〇〇円の限度で本件受傷と相当因果関係にたつと認められるので、次のとおり、四七万二五〇〇円が損害となる。
3,500×135=472,500
4 入院雑費
〈証拠〉によれば原告枝廣は前記のとおり、医療法人盛和会本田病院に入院したあと転院し、昭和五七年一〇月四日から昭和五八年六月二九日まで大阪逓信病院に入院したことが認められる。
よつて、その間(合計四〇五日間)、一日七〇〇円の割合による金員合計二八万三五〇〇円が、原告枝廣の入院のための諸雑費として、本件事故と相当因果関係に立つ損害というべきである。
5 文書料
〈証拠〉によれば、原告枝廣は、前記の各病院に対し、文書料として合計一万五八〇〇円を支払つたことが認められ、これは本件事件と相当因果関係の範囲内にある損害というべきである。
6 通院交通費
通院交通費についてはこの金額を算定するに足る的確な資料を見い出せない。
7 後遺障害による逸失利益
〈証拠〉によれば、原告枝廣の本件受傷による症状は、昭和五九年八月一四日、固定したが、右膝関節屈曲制限(右膝関節の運動可能領域が四分の三以下に制限されている)が後遺し、今後もこの可動域制限は残存する見込みであることが認められ、右事実によれば、原告枝廣は、少なくとも五年間はその労働能力の一四パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。
〈証拠〉によれば、原告枝廣は、本給と付加給とをあわせると本件事故前の三か月間に合計一〇九万七一一一円の収入を得ていたことが認められるので、これをホフマン式計算方法を用いて民法所定年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、二六八万一一六三円になる。
8 慰謝料
本件事故の態様、原告の年令、傷害の部位、程度、入通院期間、治療期間、治療経過、後遺障害の部位、程度、予後の見通し、その他記録から読み取れる一切の事情を斟酌すると、本件事故により原告枝廣が被つた精神的損害は、入通院によるもの二二〇万円、後遺障害によるもの一七〇万円とするのが相当である。
9 損害の填補
原告枝廣は、本件受傷が公務災害であるために、障害補償費、障害特別支給金、障害特別給付金として合計二五六万三七七四円の支払いを受けたことは、自認するところである。
10 弁護士費用
原告枝廣が、本件訴訟の提起、遂行を原告訴訟代理人弁護士に委任して行つてきたことは、当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟の難易、認容額、訴訟経緯等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用としては、七〇万円をもつて相当と認める。
五小括
以上によれば、原告枝廣が被つた損害は、七六七万一七一六円となる。従つて、原告枝廣の本訴請求は、右七六七万一七一六円及び弁護士費用を除く六九七万一七一六円に対する昭和五七年五月二一日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるが、その余は失当である。
第二乙事件について、
一請求原因1ないし4に対する判断は、第一、一ないし三のとおりである。
二〈証拠〉によれば、原告国は、本件事故による原告枝廣の受傷を公務災害と認定し、国家公務員災害補償法の規定に基づき、原告枝廣に対し、別紙公務災害補償費等支出額一覧表(一)、(二)のとおり、療養補償費として四五六万九一四〇円、障害補償一時金として一九六万九八一二円を給付したこと、原告国は、原告枝廣が国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法の適用を受ける国家公務員であることから、公共企業体等労働関係法八条の規定により郵政省と全逓信労働組合・全国特定局従業員組合とが締結した労働協約に基づき、原告枝廣の欠務期間中の給与及び賞与として、その金員相当額を別紙公務災害補償費等支出額一覧表(三)記載のとおり金六二七万七一六八円を支給したこと、の事実を認めることができる。
三また、原告枝廣が本件事故によつて被つた損害が、甲事件にかかる請求を別にしても、前記の各補償金額を上回ることは、弁論の全趣旨に徴してこれを認めることができる。
四従つて、原告国は、国家公務員災害補償法六条一項により、前記一覧表(一)、(二)の金額について、原告枝廣の損害賠償請求権を取得し、また、同表(三)の金額について、原告枝廣の被告に対する損害賠償請求権について代位する。
五〈証拠〉によれば、原告国は、本件事故による前記原動機付自転車のバックミラーの損壊等により、三三一〇円(明細は、前記一覧表(四)記載のとおり)の損害を被つたことが認められる。
六以上によれば、原告国の本訴請求はすべて理由があるというべきである。
第三結論
よつて、原告枝廣の本訴請求は、主文第一項掲記の限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、原告国の本訴請求は理由があるので認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条但書、九四条後段を、仮執行の宣言については、同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官森 宏司)